■Home, Sweet Home■
――――いつ見ても、趣き深い屋敷だ。

手の込んだ垣根、抽象に配された庭木、垣間見える母屋はその内側もさぞかし、と想像をかきたてる。
ちなみに内部も期待を裏切らないことは、あたしが保証する。

一方、当方の出で立ちはと言えば、生成りのシャツに擦り切れたボトム、くたくたに使い込んだブーツと背嚢。
どう考えても、純和風豪邸の門前に立つにふさわしい格好ではない……ことは百も承知なのだが、訝しむ通行人に軽く会釈して、あたしは堂々と正門をくぐる。
あ、別にあたし、心臓にまで毛は生えてないから、ワーウルフだけど。
ついでに言うと、押し売りでも、取立て屋でも、ましてや泥棒さんでもない。ここへは、ちゃんとした『依頼』を受けて、来ている。

あたしの名前はローワン。ペイさえ良ければ仕事も選ばない、いわゆる『なんでも屋』。
害虫駆除から借金取立てまで――――もちろん、ペットのお世話だってする。

***

「じゃあ、イーバはカスケードのブラッシングをお願い。あたしは犬猫にお風呂を使わせるから」
犬達の散歩から戻ったあたしが役割分担を伝えると、イーバはあからさまにホッとした表情を浮かべた。
彼、こう見えて犬嫌いなのだ。(そのワリに、あたしには随分と良くしてくれるけど)
ちなみにカスケードは、彼の心酔する姉貴分の持ち馬。その程度はリサーチしてある。
仮にも魔法剣士サマにタメ口はどうよ、とか思わなくもないけど、相手は16歳。どうもヤンチャっ子って感じが抜けないのよねぇ。
あたしはといえば、そろそろ『熟女の貫禄』ってヤツを本気で探し始めなきゃなんないトシ。人に換算して23、4歳、暗算は勝手にやっといてほしい。

『ペットのお世話』自体は、何度か経験しているけれど、今回の依頼はある意味、型破りもいいところ。なんてったって『犬が三匹と馬が一匹と猫が三匹、インコ一羽、魔鳥一羽がいる……』(依頼主談)なのだ。
けれど、ちょっと不安だった魔鳥の世話も大きなトラブルなくこなせたし、躾が行き届いているのだろう、犬にも猫にも悪いクセはちっとも見当たらない。伝法でいて生真面目、荒っぽいワリに人好きのするエルフの少年と一緒に動物達にお湯を使わせる作業は、思った以上に楽しくて、あたしはいつの間にかすごく、くつろいでいた。

「大体アイツはいつもいつも。姉御に言われてなきゃ、俺だってなぁ……」
穏やかな昼下がり、片手間に交わす話題は、美味い料理屋のこと、あたしの旅した土地の話、それから、イーバの同居人たちのこと。
彼は実の弟に対する嫌悪を隠そうともしない。故郷で何かあったようだが、彼は言わないし、あたしも深くは聞かない。
けど。どこかで気が緩んでいたのだろう――――あたしは、口を、滑らせた。

「憎いの?」
「あ?」
「キライ?弟くん――――なんなら、『請け負』おうか」
意味するところを瞬時に察して、瞠目するイーバに、あたしはヘラリと笑って見せる。
「冗談。人の禍根まで背負い込めるほど、度量の広いヤツじゃないよ、あたし」
それに――――、
「――――たぶんキミ、言うほど嫌いじゃないと思うから、弟くんのコト。」
今度こそ、イーバは、顔色を変えた。
「なに言っ……」
「嫌いなら。……殺したいほど嫌いなら、わざわざ彼のペット、勘定に入れたりはしないハズだよ?」
少年の抱えたバスタオルに、濡れネズミならぬ濡れネコを放り込む。
洗ったばかりのそれが憎むべき実弟の飼う三毛だと知って、鍛えられた痩躯があからさまに強張った。
「あ、落とさないで汚れる」
今にも猫を放り出しそうな勢いのイーバに間髪入れず、叩き込む言葉のジャブ。
ゴメンなさい、正直、面白がってた事は否めない。
彼じゃなくて、あたし自身を。
なんだかんだ言って優しい彼のことだ、きっと今まで実弟を心底憎んでも、その愛猫に手を出すなんて思いつきすらしなかったのだろう。
彼に対する好意と、羨望と、そしてほんの少しのもどかしい憤りの混じったその感情を、あたしは心ゆくまで味わう。あまつさえ、くつくつと声をあげて笑っていた。
からかわれたことに思い至ったイーバにシャワーヘッドを向けられるまで。

***

「それじゃあ、これで。『ご利用、ありがとうございました。今後ともよしなに』」
依頼の終了を告げる、決まり文句を残して屋敷を後にすれば、街はもう夕暮れ時。

ぶらぶらと歩くセピア色の風景の中、近づいてきた人影に、あたしは小さく声を上げる。さっき別れたイーバと瓜二つの、少年。
「ハィ……きみ、イビスくんね?」
「そうですが……貴女は?」
物腰は柔らかいが、馴れ馴れしく顔を覗き込むあたしの視線を受け止める瞳には、隙がない。
――――そういうところも、『お兄ちゃん』に似てる。
「ローワン。イーバ君依頼の仕事してきたとこなんだけど、領収書切るの忘れちゃって。」
手早く書き付けた用紙をピ、とちぎって、
「はいコレ、イーバ君に渡して?」
「分りました。……必ず。」

眼差しが絡んで、あたし達はそれだけで、当座必要な情報を授受する。
『イーバ君に渡して?』――――話すきっかけは、あげる。
『……必ず。』――――――――ありがとう。
……弟くんは、案外策士らしい。
振り返らなくてもわかる、年若い精霊使いが従容と歩みを進めるさま。
彼の今の胸中を察しているのは、多分、あたしだけ。

坂の途中で一つ大きく伸びをして、
「……悪くないよね?」こゆのも。
誰にともなく呟きながら、濡れたモノで重い背嚢をゆすり上げた。

歩き出す、その足取りが先刻よりも僅かに軽いのには、我ながら苦笑してしまう。
手入れが行き届いているのは、きっと館や動物だけではない、彼等の心にも、それなりのケアが施されているはずで。
ただ在るだけで不特定多数を慈しむ『無償の愛』ってヤツに、あたしは触れたわけだ。
彼の『ホーム』で。
この、国で。

あるいは、いつか。あたしも『ホーム』が持てるだろうか。
そんな途方もない望みすら、大切に温めていたいと思えた――――彼等を見ていると。

宿に着いたら、貼り紙を作ろう。


なんでも屋『紅ハコベ』 よろず、ご難儀お伺いします―――ローワン。

■BY ローワン■
自己紹介もかねまして『なんでも屋』ローワンの、この国での初仕事を。
イーバ君イビス君、弄り倒しちゃってゴメンなさい(笑)そしてゲスト出演ありがとう。 (作品制作日 = 2004.11.26)