■弱肉定食■
「だいたい紅茶というものはの…」
リノアンの話は長い上にわからない。レティシアはそう思った。いつもの事だが、リノアンはレティシアの意思に関係なく永遠に話しつづける。ここまで一人で話しつづけられるというのは、話題が豊富ということなのかもしれない。ある意味、立派なことだ。
そう思いつつもレティシアは頬杖をついて、気づかれないように軽くため息をついた。目の前のいる者にそれを悟られないよう、細心の注意を払いつつ。
「おぬし、もっと楽しそうな顔をしたらどうなのじゃ。こんな素晴らしい朝に…そんな顔しおって。」
レティシアにとって世界で一番扱いにくい女はそうおっしゃった。自分では悟られていないつもりだったが、きっとリノアンには自分の顔に浮かぶ苦いものが見えたのだろう。
「いや、別に」
レティシアの一言にリノアンは片眉をつい、と吊り上げた。
「人の話聞いておるのか。また見当違いな事を言いおって…おぬしはいつもそうじゃ。わらわの話を半分も聞いておらぬ」
ブツブツいいながら、リノアンはお気に入りの桃紅茶を口に運んでいる。リノアンは昔から気に入るとそればかりずっと口にする。見ている方が先に飽きる事がほとんどだ。その妙な執着心に感心してしまうほどだ。
「何をじろじろと見ておる」
不機嫌そうにリノアンは目を細めた。よく動く顔だ。本当に感情表現が無意味に豊かだ。同じように顔を動かしていたら、顔面ひきつりそうだ。レティシアは思った。
「何を笑っておる!…おぬし、言いたいことがあるのなら口に出して言うがよい!」
リノアンの目にはあからさまに怒りの炎が燃え上がっている。どうもレティシアが考えていたことがそれとなくわかってしまったらしい。
「いや…」
レティシアが全てを言う前に、間髪いれずにリノアンがまた口を開いた。
「その、「いや…」とは何じゃ!なんでもかんでも「いや…」で済ませる気かえ!?」
おまえが二の句を告がせないからじゃないか…とは言えなかった。口でリノアンに勝てるはずもないし、だいたい口の早さが追いつかない。
「そうやってふにゃふにゃとかわしてばかりで、おぬしは結局、いつも確信を言わぬ!」
だから、確信を言おうにも言う暇がないんだが…とは言えない。こういう時は落ち着くまでしゃべらせておくしかない。こうやって黙りつづけることがまたリノアンの怒りに油を注ぐとわかっていても、だ。
「一緒にお茶をしていてもこれではちっとも楽しくないのじゃ!」
リノアンは急に大声を出して、立ち上がった。レティシアの反応など、さもどうでもいいように、振り向くこともなく店を出て行く。そんなリノアンをレティシアはぼーっと眺めていた。
そして、深くため息をついてつぶやいた。
「結局また俺のおごりか…」
この店に入ろうと無理やり引きずり込んだのは誰だったか。しかし、今問題なのは、そんなことよりも財布の中身だ。レティシアは頭を抱えそうになった。
「見ーたーわーよう…」
ふと見るとアロウがいた。アロウはリノアンの席に座ると、言った。
「私、フルーツパフェね」
レティシアは何もいわなかった。これまた言った所でかなう相手ではないからだ。
「女の子を泣かせるなんて、男としてアレよねん」
アレ、ソレ、コレと言われた所で正直、何を言いたいのかわからない。しかし、説明を聞いてもどうせわからないだろう。
「リノアンは泣いてなかったぞ。始終、怒っていただけだ」
アロウはちょっと不思議そうな顔をした。レティシアの発言が予想範囲外だったらしい。
「ふ〜ん。まぁ、リノアンが構いたくなるのもわかるわん。ビミョ〜に面白いのよね、レティってさぁ〜。発想が私たちとは違うわよねん」
早速目の前にきた胃のもたれそうな大きなフルーツパフェをつつきつつ、アロウは言った。その甘くて冷たいものを次々と飲み込む姿は圧巻だった。冷たくないんだろうか。
「…食べる?」
何を誤解したのか、アロウがスプーンを差し出した。
「いや…」
見ているだけで胃がもたれそうだ。口にしたら何ヶ月かは見たくもないだろう。
なぜかアロウは勝ち誇った微笑を浮かべて、またパフェをつつきだした。食べている間はひとまず静かで楽だ。少し手持ちぶたさな気分で、ひたすらアロウの手の動きをレティシアは見つめていた。
「なんだかんだ言ってレティは世話好きって言うかさ…律儀よねん」
パフェを平らげたアロウはそういいながら、口を拭いた。その顔には「満足」と書いてある。
「鈍感なのもかわいいと言えばかわいいわん。天然ってすごいわねん。真似できないわ〜。ごちそーさまー」
そういうと、アロウはものすごい速さで立ち上がり、駆け出していった。
「ま、まて…」
レティシアが腰をあげた時には、すでにアロウは店の外でウィンドウ越しに、こちらに向かって手を振っていた。
「…早い…」
レティシアは諦めて、座った。おごらされるであろう事は、どうせ最初からわかっていたことだ。とにもかくにも、あの二人はたくましすぎる。はなから勝てる相手ではない。
テーブルの上のコーヒーを飲み干した。冷めたコーヒーが妙に苦く感じた。

3人分の支払いを済ませ、レティシアは店を出た。どうにか皿洗いは免れたが懐が恐ろしく寒い。
今日の天気は悪くない。散歩には良いかもしれない。太陽を見上げていると斜め下から声がした。
「ばか者。太陽をまじまじと見るでない。目がつぶれるぞ」
そこにはリノアンがいた。リノアンは眼が大きいからまぶしい太陽を見るのがつらいんだろう、と妙なことを思ったが、また怒りだしそうだから言わなかった。
「…もう金はないぞ」
レティシアの財布はもともと寒い。はっきりいって先ほどの支払いは痛かった…。なんなら財布をさかさまにして振ってみせてもいい。こぼれるのは数えるほどもない小銭だけだ。
「そんなことはどうでもいいのじゃ。今日は街角へ行くぞよ!連れて行ってやるから支度をせよ!」
リノアンの強引さにレティシアはまたもやため息をつきそうになった。だが、リノアンは言葉とは裏腹に心配そうな顔をしていた。きっとさっきの埋め合わせのつもりなんだろう。レティシアは、それもいいか、と考えた。リノアンのような行動力のある強引な存在が、自分のような腰が重いタイプには必要なのかもしれない。
「あぁ、いいよ」
リノアンは満足そうに微笑むと、早速街角へ向かって歩き出した。追い越すとまたうるさいだろうから、レティシアはゆっくりとリノアンの後ろをついていった。

レティシアとリノアンが去ったあと、裏路地からこっそり見守っていたアロウがつぶやいた。
「まさに、我侭姫と幼稚園の先生ね…ぷっ。」
■BY 朱沙
 なんとなく書いた一品です。まじめな文章やかっこいい文章がかけないので相変わらずのギャグ一直線。愛を感じさせない題名がちょっと寒いような気も。(2000.12.24)