■雪見大福■
約束を思い出した香爆は、愛用しすぎて少しばかりくたびれた藍色のコートを手に取り、寒風吹きすさぶ街へ繰り出した。
適当に歩き回って見つけたのは、小ぢんまりとしていて昔ながらの雰囲気が懐かしい和菓子店。店内に足を踏み入れると、これまた昔ながらの、割烹着姿の小さなお婆さんが出迎えてくれた。
「今月は雪見大福がおすすめだよ」
こちらが何も言わないのに、いきなりお婆さんはそう言って、自ら店内をゆっくり歩きだした。ご老体に障ってはいけないと思い、とどめようとする香爆に構わず、彼女は頼りなげにも見える手で雪見大福の箱をこちらに差し出した。
香爆は少しためらった。自分が食べるなら何だっていいのだが、買おうと思っているのは顔見知りの幻八のものだ。彼が一番好きなものを買ってやらなければならないだろう。幻八の一番好きなお菓子は・・・何だったっけ?
ためらっていると、お婆さんはにっこりと微笑んだまま、ゆっくりした口調で言う。
「今頃の季節は、もう少ししたら雪が降るだろうから、ちょうどいいと思ったのだけれど」
それは、無理強いしているわけでもなくて、このお婆さんなら断っても嫌な顔一つしなかっただろうけれど。
香爆はそっと、箱を受け取ったのだった。
店を出て行く前に、また来ても構わないかと訊いてみた。
お婆さんは、やはり柔らかく優しく笑う。
「また、どうぞ」

それは、「いってらっしゃい」のように、あたたかい言葉だった。
■BY 香爆■
ほんわかした雰囲気の話に仕上がっていれば嬉しいです。ゲンち ゃん、ご協力有難うございました♪ (2004.1.18)