■トベナイテンシ■
朝、目が醒めたときには、もうあの二人は居なかった。――またか、とあたしは思う。またあたしだけ置いてきぼり。

香爆とジークは久しぶりに帰ってきて、24時間もしないうちにまた行ってしまった。この世界にあるどの国でもない、あたしが聞いたこともない場所へ。・・・「そよ風の国」だと、香爆は言っていた。

誰も居なくなったこの店内は、信じられないほど広い。この世界と外の世界を繋ぐ唯一の入り口には、「誰も入ってくるな」という意を込めて、CLOSEの標識をさげてきてやった。・・・どうせ客なんて来る訳ないし。喫茶店の「マリア」と言ったら、この近所でも知ってるヤツなんか片手で数えられるほどしか居ない。だからたとえOPENの標識が表に出ていたとしても、常に閉店しているようなものだった。

けどそれでも、あたしだけじゃなかったから、この家はとても狭く感じた。

これからもずっと狭いと信じてた。

『あたしも連れてってよ』以前と全く同じ台詞を吐いた。あたしが聞いたこともないその場所へ行った相棒を追って、ジークも出て行こうとした、まさにその時に言ったのと全く同じ台詞を。誰も居ない家の中で、紅い茶を飲む合間に。

どうせ直接言ったって同じだ。そのくらいのことは以前に学習した。

そういえば、さっきから電話が鳴っていたっけ。かなり根気強い。あたしがとりに行くまで鳴いているつもりらしい。

いいかげん意地悪をやめて、受話器を上げてやると、「もしもし、○○です、××様のお宅ですか」とかの礼儀正しい挨拶のかわりに、『さっさととらんかい、アホゥ!!』と威勢のいい関西弁。電話番号が間違っていたらどうするつもりだったのだろうか。「・・・なんか用?」『なんか用やあらへんがな。ダイジョーブかなぁ思てわざわざ電話料金つこうたっとるねんから、感謝しーや感謝!』「・・・頼んでない」『善意って言葉知らんのか』「ありがた迷惑って言葉知ってる?」・・こいつも居る。あの二人が居なくたって、とりあえず独りになることはない。

それなのに何故だろう。どうしてこんな、穴があいたみたいな気持ちになるんだろうか。二度と会えない訳でもないのに。置いてきぼりにされたのがそんなに悔しいのだろうか。

でも仕方が無い。あたしは・・・・

『・・・もしもし?・・もし?大丈夫か?』「・・・・・・あたしさぁ」『ん?』「そんな足手まといかなぁ」『―――』「あの二人の・・・お荷物でしかなかったのかなぁ・・・あたしって・・」何も出来ない。それどころか迷惑をかける。そんなあたしが、お荷物以外の何だと言うのだろう。だから置いていかれたんだ。あの時も、そして今も。

『・・お前なぁ・・・』「ごめん、変なこと聞いた。忘れろ。」『おぉ、おい、ちょい待ち!』置きかけた受話器は仕方なく耳元に戻り、その、「答え」を聞いた。

「お前、自分の弱さとか、ふがいなさとか認める前に、自分で努力したんか?」

その言葉だけ、いやにハッキリ聞こえた。何も言えないでいると、解答者は次々「答え」を紡いでいく。『連れてって欲しいとか、頼んだんか?断られてもしつこくつきまとったか? それをやってへんねやったら、あの二人責めるんはやめとき。 今お前にできるんは、香爆が独りで行ってもうた時、ダンナがやったんと同じこととちゃうんか?』香爆が行ったとき。ジークは長い間考えて、考えて、自分で答えを出して行ったのだ。

――――そうだった。


受話器を置くとすぐ、長い間出番のなかったリュックサックを引っ張り出してきた。

覚悟しとけよ。お前らがどんなに足手まといに思ってようが、必ず見つけ出してやる。「そよ風の国」を。

あたしだって自分の力で飛べるんだ。
■BY ミキ■
香爆、ジークの「もう一人の相棒」のお話です。そろそろ、彼女の船がThe Breezeに着きますよ。
(2004.4.3)